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白檀(サンダルウッド):マイソールの森が消えても、私たちが嗅ぎ続ける理由

ストーリー
白檀サンダルウッド香りの歴史マイソール仏教ルームフレグランス

お線香の白檀と、香水のサンダルウッドは、同じ木の話か

お線香から立ちのぼる白檀と、ルームフレグランスの棚に並ぶ「サンダルウッド」。同じ名前で呼ばれています。ただ、中身まで同じとは限りません。

いま日本で買える「サンダルウッド」の香りの多くは、インドの天然林から来ていません。産地が別の大陸に移ったか、香りを出す分子そのものが人工のものに置き換わっています。これは品質の劣化ではありません。森を残すために起きた交代です。

木の台に置かれたお香と立ちのぼる煙

白檀の年表:595年の漂着から1996年の合成分子まで

日本に来たのは、仏教と同じ船だった

『日本書紀』の推古3年(595年)に、淡路島の海岸へ大きな香木が漂着した話が載っています。島民が薪と一緒に竈にくべたところ、煙が遠くまで香った。驚いて朝廷に献上した、という記録です。この伝承は淡路市尾崎の枯木神社に今も残っています。

ただし、このとき流れ着いたのは沈香(じんこう)で、白檀ではありません。白檀が日本に入ったのは、仏教が伝わった6世紀の流れの中です。経典と仏像と香が、ほぼ同時に上陸しました。白檀が仏像の材に選ばれた理由は単純です。削っても削っても、断面がまだ香る。ありがたさに物理的な裏づけがある木でした。

仏教伝来と香木:沈香と白檀の入り方の違い

なぜ、この木は自分だけでは育たないのか

学名は Santalum album。インド原産のビャクダン科の中低木で、半寄生植物です。

半寄生というのは、光合成もするけれどそれだけでは足りない、という性質です。地中で他の樹の根に吸盤で取りつき、養分と水を分けてもらいながら育ちます。自分でも稼いではいるものの、家賃の半分は隣に持ってもらっている状態です。宿主になる植物は140種以上が知られていて、幼木のうちはイネ科やアオイ科、育つにつれてタケ類やヤシ類へと相手を替えていきます。だから白檀だけを植えても育ちません。宿主を一緒に植え、その関係が成立してはじめて根を張れる。栽培が難しいと言われるのは、まずこの一点によります。

香るのは中心部の心材だけです。外側の辺材は白っぽく、香りもほとんどありません。インド政府林業研究機関のSandalwood Information Systemによれば、心材から採れる精油の含有率は3〜6%。木を割ってみるまで、当たりかどうかは分かりません。

白檀の断面:辺材と心材、半寄生の根

「30年待つ木」という話は、供給の実態と合っていない

白檀を語るとき、「香るまでに30年かかる樹」という言い方がよく使われます。この記事も、以前はそう書いていました。

ところが、いま世界の供給を支えている現場は、そこまで待っていません。

西オーストラリア州カナナラ近郊で Santalum album の大規模植林を行うQuintis社は、ABCニュースの報道によると 15〜20年で心材を収穫しています。同社のパックサドル植林地では、165,000本の白檀と476,000本の宿主樹が327ヘクタールに手植えされました。

天然林で数十年かけて育った木と、管理された植林地で15年育てた木では、心材の量も香りの厚みも違います。それでも、「30年待たないと香らない」という語りは、現在流通している白檀の大半には当てはまりません。ロマンのある話ほど、供給の現実より長生きします。

天然林とプランテーションの時間軸の違い

世界最高の白檀は、なぜ買えなくなったのか

長いあいだ最高峰とされてきたのは、インド南部マイソール(カルナータカ州)周辺の白檀でした。調香師たちはこれを「The Royal Tree」と呼びます。

国家がこの木を握った時期は、はっきりしています。1791年にイギリスがバンガロールを制圧すると、マイソール王ティプー・スルタンは白檀が市場へ流れるのを止めました。翌1792年、彼は王国内のすべての白檀に国家専売を宣言します。カルナータカ州の森林行政が今もこの布告の系譜にあることを、Science History Instituteは指摘しています。管理が厳しいほど、闇市場は太ります。密伐の組織化、立枯病、火災が重なり、国際自然保護連合(IUCN)は1998年に Santalum albumレッドリストの Vulnerable(危急)に指定しました。判定は野生個体群だけを対象にしたもので、植林木は含みません。

つまり、絶滅が危ぶまれているのは「マイソールの森の白檀」であって、「白檀という香り」ではありませんでした。この区別が、次の話につながります。

森が細ったあと、誰がこの香りを供給したのか

森は減っても、需要は減りません。供給は3つに分かれました。

ひとつめは、オーストラリアの植林です。ここで紛らわしいのは、豪州が2種類の白檀を出していること。原生種の Santalum album を植えた大規模プランテーションと、豪州固有種 Santalum spicatum の産地が並んでいます。前者はインド産と同じ種、後者は乾いた樹皮寄りの別の香りです。「オーストラリア産=代用品」とひとくくりにできません。

ふたつめは、インド国内の政策転換です。1792年の専売に始まる規制は長く続き、農家が自分の土地の白檀を自由に伐れない状態が20世紀を通じて維持されました。

みっつめが、合成です。

サンダルウッドの3つの供給経路

あなたの部屋のサンダルウッドは、たぶん1996年スイス生まれ

1990年代、香料各社は白檀の香りを再現する分子の開発を競っていました。Givaudanは Sandela、Radjanol、Ebanol と系譜を重ねます。そして1996年、化学者イェジー・バイグロヴィッチの研究チームが Javanol(ジャバノール) を見つけます。分子の「スペーサー」と呼ばれる部分の二重結合をシクロプロパン環に置き換えた設計で、電子的な性質と剛性を保ったまま疎水性が上がり、鼻の白檀受容体にほぼぴったり収まりました。Givaudanの製品ページと、業界誌 Perfumer & Flavorist の調香師ノート(2007年)に、当時の評価が残っています。

いま街で嗅ぐ「サンダルウッド系」のかなりの部分が、Javanolかその親戚です。天然オイルが少量入っていて足りない部分を合成が肉付けしている場合もあれば、天然が一滴も入っていない場合もあります。香りだけで見分けるのは、調香師でも簡単ではありません。手がかりは表示のほうにあります。

ラベルの読み分け:Santalum album / spicatum / 表記なし

合成に置き換わったことは、森にとって悪い話ではない

合成への置き換えを「本物が減った」と読むと、話が逆になります。

毎日のお線香やディフューザーの分まで天然の心材でまかなえば次の世代に渡す木がなくなりますが、日用の香りを合成が引き受けたことで、限られた天然材は本当に必要な用途へ回るようになりました。IUCNの指定が野生個体群だけを見ていたのは、そういう構造だからです。

だから、ラベルに Santalum album とあれば、それは十数年から数十年を生きた木の心材から来ています。何も書かれていなければ、おそらく1996年にスイスで生まれた分子です。

どちらも白檀と呼ばれます。片方は森の時間を、もう片方は森の時間を使わずに済ませる工夫を、それぞれ背負っています。ラベルを一度見てから焚くと、同じ煙が少し違って見えます。

香りと記憶の関係はプルースト効果の記事で、素材の物語をもう一本読むならラベンダーの2000年史をどうぞ。

出典