← ブログに戻る

ヒノキ:千年の社が守ってきた、日本だけの香りの記憶

ストーリー
ヒノキ香りの歴史法隆寺伊勢神宮ルームフレグランス

新築の家に行ったとき、私は何を嗅いでいるのか

友人の新居に上がらせてもらった日のことを覚えています。

玄関で靴を脱いだ瞬間、ふっと懐かしい匂いがしました。新築なのに、初めて来た家なのに、懐かしい。台所を覗き、リビングに通され、お茶を出してもらいながら、私は鼻の奥でずっと同じ問いを反芻していました。

「この匂い、どこかで嗅いだことがある」

帰り道に思い出しました。祖父の家の風呂の脱衣所です。木の椅子と、桶と、湯気の混ざった、あの匂い。

冷静に考えると、私の家は祖父の家とまったく違う作りで、もう祖父も20年前に亡くなっていて、その家自体ももう取り壊されています。それなのに、まったく別の他人の新居で、なぜ私はあの脱衣所を思い出したのか。

答えは一つだけです。ヒノキです。

日本人なら一度は嗅いだことがあって、でも輸入物のフレグランスの香料表には出てこない、この奇妙な香りについて、これから書きます。

ヒノキの千年の記憶:法隆寺、伊勢神宮、現代のリビング

伐ってから、強くなる木

ヒノキという木がどれくらい変わった存在か。まず、これは知っておく価値があります。

学名 Chamaecyparis obtusa。本州の福島県以南、四国、九州に分布するヒノキ科の常緑針葉樹です。樹齢200年から500年クラスの大径木が、戦前まではあちこちにありました。

驚くのは、伐採後の挙動です。

普通の木材は、伐ってから時間が経つと強度が落ちていきます。乾燥してひび割れ、虫が入り、湿気で腐る。だから木造の家は30年で建て替え、と言われたりします。

ところがヒノキは、伐採後200年ほどかけて、強度が上がり続けます。最大時で伐採時の120%。そこから緩やかに下降し、1000年経った時点でやっと「伐ったばかりのころ」と同じ強度に戻ります。

つまり、1200年間、強くなり続けて、それからもとに戻る木です。

人間の感覚からすると、ほとんどSFです。私たちが日常で「丈夫」と感じるものの寿命は、せいぜい数十年です。ヒノキはその二桁上のスケールで仕事をしている。

この事実を知ると、奈良に行ったときに見上げる五重塔の見え方が、少し変わります。

推古15年、奈良に建てられた木造建築

法隆寺の創建は推古15年、西暦607年。聖徳太子と推古天皇が建てたとされる、現存する世界最古の木造建築です。

注目すべきは、使われたヒノキ材の伐採時期です。

調査によれば、法隆寺西院の主要建築に使われている木材の多くは、西暦650年から690年代に伐採されたものとされています。つまり、1300年以上前に伐られた木が、今もそこに立って屋根を支えている。

これは「奇跡的に残った」のではなく、ヒノキだから残っているという話です。前述の通り、ヒノキは200年かけて強度を上げ、1000年で伐採時に戻る木。法隆寺はちょうど今、強度のピークを少し過ぎたあたりにいます。建物としてはまだ「若い」と言ってもいい。

『日本書紀』には、こんな一節があります。

スギとクスノキは舟に、ヒノキは宮殿に、マキは棺に使うがよい

スサノオが地上に植えた木の使い分けを語った神話的な記述ですが、ここに古代日本人の経験則が凝縮されています。海に強い木、神を祀る建物に使う木、死者を送る木。それぞれ別の素材です。

そして、ヒノキは「宮殿に」です。

日本人は、何千年もかけて木と付き合ううちに、ヒノキが千年単位で残る素材であることを、経験的に知っていた。だから神を祀る一番大事な建物に、これを選んだ。

法隆寺の屋根の下に立つと、私はいつも少しだけ不思議な気持ちになります。1300年前にこの木を選んだ人と、私が今嗅いでいる香りが、ほとんど同じ匂いだという事実に。

20年ごとに、森を更新する仕組み

ヒノキの物語で、もうひとつ外せないのが伊勢神宮の式年遷宮です。

20年に一度、社殿を建て替える。これを神宮では持統天皇4年(690年)の第1回から1300年以上にわたって繰り返してきました。戦国時代に120年以上中断した時期はあるものの、2013年の第62回まで続いている、世界でも類を見ない持続的なプロジェクトです。

第63回は2033年。今もう、準備が始まっています。

遷宮ではヒノキ材が1万本以上使われます。柱に、屋根に、垣根に、御樋代(みひしろ)と呼ばれる御神体を納める器に。すべてヒノキです。しかも、ただのヒノキではなく、木曽ヒノキ。

長野県木曽谷で育つこのヒノキは、寒冷な気候と痩せた土壌のため、年輪が極端に詰まります。同じ太さでも、温暖な地域のヒノキより材が緻密で、油分が多く、香りが強い。江戸時代から「尾州檜(びしゅうひのき)」として最高級扱いされ、今も国有林の中で厳重に管理されています。

伐採の儀式は「御杣始祭(みそまはじめさい)」と呼ばれ、斧だけを使う「三ツ紐伐り(みつひもぎり)」という伝承技術で巨木を倒します。チェーンソーで秒で済む作業を、わざわざ斧で何時間もかける。

これを「非効率」と切り捨てるのは簡単です。でも、20年ごとに次の遷宮のために木を切り、植え、育てる。そのサイクルを1300年回し続けている文化があるからこそ、木曽ヒノキの森自体がここまで残ってきた、とも言えます。

世界には「ヒノキを神様に捧げる森を、千年単位で管理してきた国」が、ひとつしかありません。それが日本です。

1936年、台北で見つかった分子

ヒノキの香りには、化学者が長らく注目してきた成分がひとつあります。ヒノキチオールです。

1936年、台北帝国大学(現在の国立台湾大学)で研究していた野副鉄男は、タイワンヒノキの精油の中から、ある化合物を単離します。炭素7個が環状結合した非ベンゼン系芳香族化合物。当時、化学界ではまだ存在が確認されていなかったタイプの分子でした。

野副はこれをヒノキチオール(hinokitiol)と命名します。「ヒノキ」と書きながら、最初に発見されたのは台湾ヒノキ(Chamaecyparis taiwanensis)から、というのが少し愉快なところです。

ヒノキチオールには、強い抗菌作用、防カビ作用、抗炎症作用があることが、その後の研究で次々と分かっていきました。

仏壇の前で線香を焚く文化の隣で、私たちが檜風呂をありがたがり、檜の俎板(まないた)に魚を載せ、檜の枡で日本酒を飲んできた理由が、ここで初めて科学的に裏打ちされたわけです。

「ヒノキは菌を寄せ付けない」「ヒノキの風呂は何年使ってもカビが生えにくい」という経験則を、千年以上かけて検証してきた日本人の生活感覚を、分子レベルで証明したのが野副鉄男でした。彼は1951年に朝日賞、1958年には文化勲章を受章しています。

ちなみに国産のヒノキ(Chamaecyparis obtusa)にもヒノキチオールは含まれますが、含有量は台湾ヒノキの方がかなり多いことが知られています。「香りが強い」と感じる台湾ヒノキの正体は、この分子の濃度です。

ただし台湾ヒノキは、現地での過剰伐採により1990年代以降、現行の保護対象になっています。今、私たちが空間フレグランスとして手にできるヒノキ精油のほとんどは、国産のヒノキです。

「新築の匂い」の正体

冒頭で書いた、友人の新居で私が思い出した匂い。あれの正体は、ほぼ間違いなくヒノキです(一部はスギの場合もあります)。

新築の木造住宅で柱や床材にヒノキを使うと、最初の数年は精油成分が空気中にゆっくり放出されます。家全体が、ささやかなディフューザーのように機能するわけです。

築20年の家になると、放出量はかなり落ちます。私の祖父の家の脱衣所が、いつまでもあの匂いを保っていたのは、檜風呂と檜の桶が定期的に湯を吸って、そのたびに香り成分が立ち上がっていたからでしょう。

つまり日本人の多くは、家を建て替えるか、檜風呂のある旅館に泊まるか、新築の友人宅に呼ばれるかしないと、もうこの香りを日常で嗅ぐ機会がありません。

これは少し寂しい状況です。

千年単位で日本人の生活に染み込んできた香りが、住宅事情の変化で、私たちの鼻から少しずつ遠ざかっている。私の世代でこれなら、子どもや孫の世代になると「新築の家の匂い」と聞いて何も思い浮かべない人が、たぶん多数派になります。

リビングに檜の森を1立方メートルだけ置く

ヒノキを千年の社の話だけで終わらせると、ロマンチックではあるけれど、ちょっと遠い。私たちが今、自分の部屋で再現できる楽しみ方を、最後に少しだけ書きます。

選択肢はいくつかあります。

ヒノキ精油のディフューザー。一番手軽で、香りも穏やか。木曽ヒノキの間伐材から取った精油が国内で安定して手に入ります。ただし、ヒノキの香りは控えめなので、合成のシダーウッドやサンダルウッドが入った「ヒノキブレンド」の方が満足度は高いことが多いです。

ヒノキチップ・かんなくず。檜の風呂屋さんが、間伐材を削った副産物として売っています。ガラス瓶や麻袋に入れて、玄関や下駄箱に置く。香りは2〜3か月で落ち着いてきますが、新しいチップを少し追加すれば復活します。電気もガスも使いません。

ヒノキのお香。京都や奈良の老舗が、神社向けに作っているものがあります。線香ほど煙が出ず、香りも穏やか。「家で焚くと神社っぽくなりすぎるのでは」と心配される方がいますが、5本入りを試してみると、思ったよりずっと日常に馴染みます。

私自身は、書斎の机にヒノキのかんなくずを入れた小さな麻袋を置いています。仕事に詰まったとき、手元から立ち上がるあの匂いを嗅ぐと、なんとなく深呼吸ができます。

法隆寺の柱と、伊勢神宮の御柱と、祖父の家の脱衣所と、私の書斎の机。スケールはまったく違いますが、そこにある木の精油成分は、ほぼ同じ分子です。

日本人の鼻が、本能で覚えている香り

私たちは、自分が日本人であることを、普段はそんなに意識しません。

でも、ヒノキの匂いを嗅いだ瞬間に「ああ」と思う感覚は、たぶん理屈ではなく、もう少し下のレイヤーで動いています。仏壇の白檀でも、お盆のお線香でもなく、純粋に建材としての木の匂い。それが体のどこかに記憶として残っている。

千年以上前から、日本人は神を祀る建物に、棺に、宮殿に、生活道具に、ヒノキを選び続けてきました。世代をまたいで嗅ぎ続けるうちに、この香りは「日本人なら無条件で安心する香り」として、私たちの神経のどこかに登録されてしまったのではないか。私はそう疑っています。

それはたぶん、海外のどの香水会社も再現できない種類の親密さです。Javanolでもアンバーモックスでも代わりにならない。ヒノキはヒノキでしか、私たちのあの記憶を呼び起こせません。

今夜、もしあなたの近くに少しでもヒノキがあれば(古い箪笥でも、檜のまな板でも、新しく買ったお香でも)、一度だけ意識的に深く吸い込んでみてください。

法隆寺と、伊勢神宮と、あなたの祖父母の家のどこかと、私の書斎の机が、同じ木の香りで一瞬だけ繋がる感覚があるはずです。

その瞬間に、千年が縮みます。


香り素材の物語をもう一本、というときは 白檀(サンダルウッド):マイソールの森が消えても、私たちが嗅ぎ続ける理由 も同じシリーズの一本です。日本の風土と香りの関係をもう少し科学寄りに読みたい方は フィトンチッド:森林浴の科学を、室内に持ち込む方法 もどうぞ。