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嗅覚順応はどこで起きるのか|3本の論文

科学
嗅覚順応嗅覚受容体論文ルームフレグランス

帰省から自宅に戻った瞬間だけ、自分の家に匂いがあることに気づく。そして数分後には、また分からなくなる。

あの数分のあいだ、何が消えたのでしょうか。

匂いの分子は部屋から消えていません。変わったのは自分の側です。これを嗅覚順応と呼びます。ただし「どこで」起きているのかは、まだ決着していません。

日の差し込むリビング

嗅覚順応がどこで起きているのかという問い

そもそも、順応と慣れは同じものか

違います。2017年に Physiology & Behavior に載ったレビュー「Habituation and adaptation to odors in humans」(Pellegrino, Sinding, de Wijk, Hummel)は、この2つを分けて扱っています。

順応(adaptation)は、同じ匂いを繰り返し嗅いだり長く嗅ぎ続けたりすることで、反応が下がる仕組みのこと。鼻の側でも脳の側でも起こりうるとされています。慣れ(habituation)はその結果として現れるもので、感じる強さが下がったり、好き嫌いの感じ方が変わったりする形で観察されます。

つまり順応は仕組みの名前で、慣れは体験の名前です。部屋の匂いが分からなくなるのは「慣れ」のほうで、その原因が「順応」という関係になります。

受容体の中では、何が起きているのか

匂いを受け取る細胞の中で、カルシウムが感度を下げる流れ

分子レベルの説明はかなり詳しく分かっています。2014年の PLoS OneMechanisms of Regulation of Olfactory Transduction and Adaptation in the Olfactory Cilium」(Antunes, Sebastião, Simoes de Souza)は、嗅繊毛の中の経路をモデル化しています。

匂いの分子が受け取り口(受容体)にくっつくと、細胞の中でスイッチ役の物質が増えます。すると細胞膜にある通り道が開いて、カルシウムが流れ込む。

そのカルシウムが、同じ通り道の感度を自分で下げます。 匂いの量は変わっていないのに、反応だけが小さくなる。ブレーキが内蔵されているような形です。

同論文はさらに、感度が下がる理由は通り道だけではなく、受け取り口そのものを細胞の内側にしまい込んだり、また戻したりする仕組みも関わっているとしています。

ここまで読むと、順応は鼻で起きていると考えたくなります。

では、ヒトの鼻で本当に測れるのか

ヒトの嗅上皮を直接測った結果

ここが面白いところです。

2021年に European Archives of Oto-Rhino-Laryngology に載った「Olfactory adaptation: recordings from the human olfactory epithelium」(Mignot, Schunke, Sinding, Hummel)は、鼻の奥の粘膜に電極を当てて、匂いを受け取る神経の電気反応を直接測りました。

もし鼻の側で順応が起きているなら、同じ匂いを繰り返すうちに反応が小さくなるはずです。

結果はこうでした。10回繰り返しても、反応の大きさは統計的に意味のある下がり方をしませんでした。 一部の人(11件中5件)では小さくなったものの、本人が申告する「感じる強さ」の低下とは対応していません。

著者らの結論は、鼻の側での順応は、はっきりとは確かめられなかった。ただし可能性は示唆されるというものです。

分子モデルでは鮮やかに説明できることが、ヒトの鼻で測ると、はっきりとは出てこない。

脳の側では、どうか

脳の側の証拠のほうが、実は具体的です。

先の2017年レビューによれば、ラットでは匂いを最初に受け取る場所から情報は届いているのに、その次に受け取る場所の神経細胞が反応しなくなることが確認されています。

ヒトでも、長く嗅ぎ続けるあいだに、記憶に関わる領域を含むいくつかの場所の活動が下がっていくことが、脳の画像で観察されています。

入り口は開いているのに、奥で受け取らなくなる。

つまり、まだ答えは出ていない

鼻の側と脳の側のどちらが主かは決着していない

同じレビューは、鼻の側と脳の側のどちらが慣れに主に効いているかという議論はいまだに開かれたままだと書いています。両者のあいだで信号が行き来している可能性も含めて、決着していません。

この記事は以前、「順応は2段階で起こる — 受容体と脳の両方で」と断定していました。2026年8月に取り下げました。 両方の機構が提案されているのは確かですが、どちらが主かは論文の側が保留しています。「鼻が見えなくなるまでの15分」という時間の記述も、根拠を出せなかったので削除しました。

部屋の香りにとって、何が変わるか

分かっていないことを踏まえたうえで、確実に言えることが1つあります。

順応しているのは自分だけです。 匂い分子は部屋から減っていません。自分の反応が下がっているだけです。

順応しているのは自分だけで、来客には香っている

だから「香りが弱くなった」と感じてディフューザーを買い足したり、リードを増やしたりすると、自分にちょうどよく、来た人には強すぎる部屋ができあがります。

順応が鼻で起きていようと脳で起きていようと、この結論は変わりません。判断の基準を自分の鼻に置かない。 一度部屋を出て数分あけてから戻る、あるいは同居していない人に聞く。それが唯一の校正手段です。

香りを足す前に、リードの本数を減らす側から試すほうが安全です。香りそのものの選び方はシトラス ルームフレグランスにまとめてあります。

日本語で読める研究

ここまでの3本は英語の論文です。日本語で嗅覚順応そのものを扱った研究もあります。

山中俊夫ほか「嗅覚閾値の非定常応答に基づく嗅覚順応モデル」(日本建築学会環境系論文集 79巻702号、2014年)は、室内のにおいを対象に、濃度が時間とともに変わるときの「におい強さ」の感じ方を実験で測り、その変化を計算できるモデルを作っています。

この記事の骨格(どこで順応が起きるか)については、同等の日本語の一次情報を見つけられませんでした。英語の論文を引いているのはそのためです。 日本語で読める資料が出てきたら差し替えます。

出典

書誌情報はCrossrefで突合しました(2026-08-31)。英語の論文3本には日本語版がありません。